古くから当地方は奥州藤原文化、義経との関わりがあったと伝えられています。
絢爛・豪華な中尊寺金色堂の藤原文化を支えた黄金は、気仙沼をはじめとする、南三陸一帯が産地とされております。
気仙沼地域は、いわば平泉の栄華を支え、緊密な交流があったことがしのばれ、義経も、太平洋の沿岸まで武蔵坊弁慶らを従えて、愛馬を走らせたのではないかと夢も膨らみます。
この、義経の愛馬「太夫黒(だゆうぐろ)」の産地は、気仙沼市内の鹿折金山跡周辺、と当地方では伝えられております。
また、気仙沼には京都の陰陽師(おんみょうじ)「鬼一法眼(きいちほうげん)」の娘で、義経を愛した「皆鶴姫(みなつるひめ)」が漂着したという伝説があります。
うつぼ舟での最初の漂着地とされる一景島公園、村人が皆鶴姫をとむらった母体田(もたいだ)の観音堂、そして、皆鶴姫ゆかりの観音像が安置されている市内の観音寺には、それぞれ解説板を設置しております。
さらに、皆鶴姫が漂着したことにより、義経が気仙沼に来たとも言い伝えられています。
皆様も、平安時代のロマンに思いをはせながら、義経を巡る旅をしてみては如何でしょうか。
|